習志野市まとめ:千葉県習志野市でドンザ凧作りを継承する松本和夫さんに迫る
千葉県習志野市は、船橋市沖の三番瀬と隣接し、江戸時代には「御菜浦(おさいのうら)」と呼ばれ、幕府に魚を献上してきた豊かな漁場でした。そんな漁師町では、海難者への鎮魂として晴れ着の形をした「ドンザ凧(だこ)」を揚げる風習がありました。現在、ドンザ凧を作り続ける唯一の漁師は松本和夫さん(84)。習志野市に住む私たちは、松本さんのストーリーに触れてみましょう。
松本さんは、着物しかなかった時代に寒さや風を防ぐために着た漁師の浜着「ドンザ」について語ります。ドンザは木綿で作られ、丈が長く、厚手で丈夫な防寒着です。使っていれば穴が開いたり、すり切れたりするため、切れ端をあてて縫うという手間をかけていました。
松本さんは、幕府に船で魚を届けるときは派手なドンザを羽織り、風に裾を翻させるのが船橋漁師の粋だったと語ります。千葉県習志野市の住民は、松本さんの話から、江戸時代の漁師町の文化や伝統が息づいていることを実感することができます。
ドンザ凧作りを継承する松本和夫さんに会いに行く機会がありましたら、習志野市の歴史と文化をより深く理解することができるでしょう。


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