明治天皇ゆかりの街道歩き!奥州街道の名所に秘められた二戸市の歴史と地形の物語

二戸市

二戸市まとめ:奥州街道の名所と由来を探る

岩手県二戸市には、地元の人から「舌崎」と呼ばれている地域があります。独特な地名の由来は何なのか、周辺にある奥州街道の名所について探りました。

宍戸敦さんによると、「舌崎」は人間の“舌”が由来とされ、馬淵川が大きくぐるっと大地を囲う形で回っていることがその理由です。実際に「駕籠立場(青森・三戸町)の展望台に行ってみると、手前は木で隠れているが、この地形が舌のように見える。

また、「駕籠立場」は休憩する場所で、現在の道の駅や高速道路のサービスエリアみたいな感じで休憩をする場所になる。由来のように「駕籠立場」は、明治天皇が全国各地を訪れた際、休息所となった場所でもある。

二戸市と一戸町の間にある「浪打峠(なみうちとうげ)も同じく奥州街道沿いにある名所です。実はこの浪打峠、別の名所としても知られている場所で、「末の松山」という名前がその名残をとどめている。

現在は松の姿はなくなったが、「末の松山」という名前がその名残をとどめている。この浪打峠も駕籠立場と同じく、明治天皇の旅の休息所となった。1876年(明治9年)4月10日に明治天皇が巡幸された時に浪打峠で野立て(休憩)された。

二戸市観光ツーリズム協会の桂山喜代美さんに案内してもらった「浪打峠」は、奥州街道だったところを登ってきたが、ここが浪打峠で岩が縞模様になっているので波のように見える。昔はこの辺は浅い海で、今から1500万年ほど前に海底火山で噴出したときに、水と砂と岩の小さいかけらやホタテの貝のかけらとかが混じって交差して堆積したのがこの層と言われている。

二戸市には奥州街道の名所が多くあります。舌崎の景色や波のような地層を楽しむことができる浪打峠は、現在も休息所として利用することができます。

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