赤穂市民が知りたい!新幹線の原型「弾丸列車」に秘められた戦争と平和の物語

赤穂市

赤穂市まとめ:兵庫県 赤穂市 の「弾丸列車」計画の名残を探る

太平洋戦争前、国主導で進められた「弾丸列車」計画は、新幹線の原型となる高速鉄道でした。1931年の満州事変以降、大陸への輸送強化が検討され、東京−下関間を9時間で結ぶ構想が掲げられました。しかし戦況の悪化により計画は中止に追い込まれました。

兵庫県 赤穂市 にあるJR赤穂線西相生−播州赤穂の直線区間は、弾丸列車の名残を感じられる珍しい場所です。トンネルを抜けると一直線に延びる線路が青々とした水田地帯を貫きます。上空からドローンで見下ろすとレールは遠く瀬戸内海まで続いているように見え、のどかな夏の遠景を見ているとタイムスリップしたような気持ちになります。

実はこの区間は当初、旅客よりも弾丸列車の線路資材運搬の目的で整備が急がれました。中間部に位置する坂越駅の駅舎とホームの間には今も空間が残り、「弾丸列車は赤穂線の東側を並走する予定だったのでは」と推測されます。

戦後80年、強い日差しで現れたかげろうが夢の跡のように映る坂越駅から直線に延びる鉄路を見て、当時の計画の規模と野心を改めて感じることができます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました