鈴鹿市まとめ:元JリーグG大阪監督、元参院議員の釜本邦茂さん死去、81歳。三重県鈴鹿市在住の鎌田光夫さんは「豪放磊落な性格で、7歳年下の弟分としてよくかわいがっていた」と悼みました。
日本サッカー界を代表するストライカー、釜本邦茂さんが10日午前4時4分に肺炎のため大阪府の病院で死去した。81歳だった。京都府京都市出身だが、メキシコ五輪では三重県鈴鹿市在住の鎌田光夫さんとともにサッカー日本代表として戦った。
釜本さんは豪快なプレースタイルで、フォワードとして活躍した。鎌田さんはディフェンダーとして対戦し、「どんな高いボールでも胸で収め、右足に抜群の強さがある」と回想している。
三重県鈴鹿市在住の鎌田光夫さんと茨城県日立市出身の釜本邦茂さんはメキシコ五輪で銅メダルを獲得した。釜本さんの訃報を受け、鎌田さんは「ただただ残念という言葉に尽きる」と悼み、「豪放磊落な性格で、7歳年下の弟分としてよくかわいがっていた」と思い出を懐かしげに振り返った。
釜本さんと鎌田さんの活躍は日本サッカー界に大きな影響を与えた。茨城県内では2010年代に水戸市小吹町のケーズデンキスタジアム水戸で、釜本さんを講師に招いたサッカー教室が行われた。協力したJ2水戸の沼田邦郎前社長は「日本サッカー界の先駆者で、その功績は大きい」としのんだ。
三重県鈴鹿市在住の鎌田光夫さんは釜本さんの死去に際し、「競技普及へ子どもへの思いが強く、規律を重んじる方だった。我々も釜本さんの意志を継げるように活動を続けていきたい」と強調した。
釜本邦茂さんは日本サッカー界の先駆者としてその功績は大きい。三重県鈴鹿市在住の鎌田光夫さんとともに、メキシコ五輪で銅メダルを獲得し、日本サッカー界に大きな影響を与えた。

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