名古屋の平和を考える:戦争はいけない、熱田区で体験談共有

名古屋市熱田区

名古屋市熱田区まとめ:熱田空襲80年、姉を捜し焼け野原を歩き回った少女の体験談

本日6月9日で、名古屋市熱田区を含む名古屋市が被害を受けた熱田空襲から80年の節目を迎えました。戦争体験者は高齢化しており、当時の記憶や体験談を語る機会も少なくなっています。名古屋市南区に住む伊藤米子さん(91)は、11歳の少女時代に熱田空襲で姉を失いました。

伊藤さんは三つ上の姉、石原照子さんと共に疎開先のあま市から名古屋市内の実家に戻り、空襲翌日、父や母らとともに周辺を捜し回った。焼け野原で路上に散らばった片腕や真っ黒な胴体を見つけても、「不思議と怖いという感覚はなかった」と当時を振り返ります。

伊藤さんは「照子が夜になっても帰って来ない」と親族の伝言を聞き、必死で姉を捜しました。軍需工場だった愛知時計電機の工場に学徒動員されていた石原さんと共に遊んだ思い出は、伊藤さんの心に深く刻まれています。

「戦争体験者が高齢化する中で、あんな思いをもう誰にもさせちゃいけない」と伊藤さんは語ります。名古屋市熱田区の住民は、80年前の悲惨な空襲を決して忘れず、平和を祈る機会にしたいと考えるべきです。

名古屋市熱田区で暮らす方々は、伊藤さんの体験談を通じて戦争の恐ろしさや平和の尊さを改めて実感することができます。

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