名古屋発祥の無線電話「AIPHONE」が生んだラジオ受信機の意外な足跡~熱田区の技術が全国に響く!

名古屋市熱田区

名古屋市熱田区のラジオ放送100年!歴史を探る

名古屋市熱田区は、愛知県のメーカーが製造した受信機が同県津島市の旧家から見つかり、長野県松本市の日本ラジオ博物館で展示されていることをご存じですか?この受信機は「AIPHONE」と書かれていて、木製の箱型で幅55センチ、奥行き・高さ35センチほどあります。スピーカーを内蔵しており、当時150円で売られていたという貴重な品です。

日本ラジオ放送は22日、開始から100年の節目を迎えることになりました。実は、日本のラジオ放送は1906年12月24日に米国東部マサチューセッツ州で、発明家レジナルド・フェッセンデンが「無線電話」でクリスマスソングの歌声や演奏を流したことが世界初のラジオ放送とされます。日本でも各地で実験放送が行われる中、23年9月の関東大震災で電信や電話などの通信網が絶たれ、誤ったうわさによって朝鮮人虐殺が起き、社会が混乱したため、政府はラジオ放送開始に向けた法整備を急ぎました。

25年3月22日に東京放送局がラジオ放送を始めると、6月に大阪放送局、7月に名古屋放送局が続いたのです。現在のNHKはこの3局が合併したものになります。

今回展示されている受信機「AIPHONE」は愛知時計電機(名古屋市熱田区)の製品で、小学校教員の初任給が45円ほどの当時に150円で売られたという高価な品です。購入者である津島市の堀田広之さんは鉄道や農地経営に携わった実業家で、「とにかく新しい物好きだった」という人物像が浮かびます。

この受信機には日記も残されており、購入者が足しげく店に通ったことなどを記録したものです。専門家は「ラジオへの熱気が高まっていた大正末期から昭和初期の様子がうかがえる貴重な資料」と評価しています。

名古屋市熱田区の住民の皆さんも、是非この歴史的品を長野県松本市の日本ラジオ博物館でご覧になり、当時のラジオ放送の始まりとその影響を感じてみてはいかがでしょうか?

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