《戦後80年》米軍資料が明かす伊勢崎空襲の真実、岩佐直治中佐の胸像に込められた想い

伊勢崎市

伊勢崎市まとめ:終戦前夜の伊勢崎空襲を考える

本日8月15日は、日本が敗戦した1945(昭和20)年8月15日の未明に、群馬県伊勢崎市中心部が米軍による空襲を受けた日です。現在、市赤堀歴史民俗資料館で開催中の企画展「終戦前夜の伊勢崎空襲」は、この空襲を米軍資料から読み解き、初公開する軍神「岩佐直治中佐」の胸像などから市民にとっての戦争について考える機会を提供しています。

入場無料で8月31日まで開催されていますので、ぜひこの機会に伊勢崎市の歴史と戦争の真実を学ぶことができます。伊勢崎市は、1945(昭和20)年8月15日午前0時8分から2時15分まで、米軍爆撃機B29の86機が投下したM69と呼ばれる焼夷(しょうい)弾に耐えました。

この空襲で伊勢崎市はどのような被害を受けたのか、また当時の市民はどのように戦争を体験したのか。企画展「終戦前夜の伊勢崎空襲」では、貴重な資料や展示物を通じて、戦争の悲惨さと平和の尊さを改めて考えることができます。

伊勢崎市民はもちろん、群馬県全域から多くの方々に足を運んでいただき、戦争の真実を学び、平和について考える機会としてください。

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