広島市東区に住む人たちが興味を持つような独自のタイトルは以下です。 被爆体験と在日差別、重ねた苦悩を語り継いだ李鍭根さん死去から3年

広島市東区

李鍾根さんは、被爆体験を語り始めた83歳で初めて本名を名乗った。韓国人原爆犠牲者慰霊祭に参列することを強く願っていたが、叶わなかった。茂津目さんは、「被爆と在日という二重の差別に苦しんだ李鍾根さん。今も同じような苦しみを抱えている人がいる限り、李さんの言葉をお借りするならば、(若い世代には)過去に対する責任はなくとも、過去の歴史の痛みを知る責任はある」と力強く語った。

講話終了後、埼玉県の教員女性は「二重の差別が悲しかった。身近な差別は今もある。私たちは亡くなっていった人たちの思いをちゃんと受け継ぎ、平和な世の中にしようとしているだろうか」と語り、「痛みを知る責任」という言葉を深く胸に刻んだ。

茂津目さんは「子どもたちに知る責任はあるし、私には教える責任がある。苦しい思いをした人たちに胸を張って、『今の世の中は差別もなく平和です』と言える世の中にはまだなっていないということも含めて伝えていかなければ」と語った。

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