赤穂市まとめ:忠臣蔵で知られる赤穂浪士の新たな遺品が吉祥寺に納められた
兵庫県赤穂市と言えば、忠臣蔵で有名な赤穂藩浅野家の祈願所である吉祥寺を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。実はこの吉祥寺、元禄14年3月14日、内匠頭が江戸城で刃傷事件を起こし切腹したことで赤穂藩が改易された後、浅野家蔵邸の門を山門に移築したという歴史的背景を持っています。
本日、新たな遺品が納められた吉祥寺は、寛永7年開創以来、11代住職の従謙和尚を播州赤穂から迎えたことで赤穂浅野家とのつながりができました。元禄14年3月14日には内匠頭が江戸城で刃傷事件を起こし即日切腹したと伝わる。
先の大戦では、吉祥寺は大きな被害を受け、境内のすべての建物とともに史料一切を失った。赤穂浪士の忠義の価値観が否定され、唯一残った四十七義士の墓碑も道路造成を理由に削られることになったが、村山住職の亡き母、千代子さんがブルドーザーの前に寝転んで墓碑を守った逸話は有名です。
戦後、占領軍により義士たちを思慕する行事は禁止されたが、昭和28年に大阪の有志が再開し、現在に至るまで毎年12月に大阪義士祭を催しています。赤穂市民の皆さんも是非一度、吉祥寺を訪れてみてください。
新たな遺品として納められた自筆書状と鎖帷子については、村山住職は「80年の長い憂鬱から救われたような感慨がこみ上げている」と喜んでいます。赤穂市と兵庫県の歴史的背景を垣間見ることができる吉祥寺に訪れれば、より深く理解することができます。
是非この機会に、吉祥寺へ足を運び、忠臣蔵で知られる赤穂浪士の遺品に触れてみてください。

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