神戸の音色~灘区で生まれた音楽の奇跡

神戸市灘区

神戸市灘区まとめ:橋本静子さん、95歳のピアノリサイタルで戦争体験を語る

神戸市灘区に住む方々は、阪神大震災の被災者らが暮らす集合住宅などで音楽のボランティアを続けてきた橋本静子さんの「人生最後の総括」というピアノリサイタルを知っていますか?この度、95歳の橋本さんは神戸YWCA(同市中央区)で開催されたピアノリサイタルで、戦争体験や半生について語りました。

1930年生まれの橋本さんは、幼少期からクラシック音楽に触れ、小学校入学前には「将来はピアノで生きていく」と決めていた。しかし、太平洋戦争が始まり、12歳で高等女学校に入学したものの、勉強できた期間はわずかで、宝塚のベアリング工場に勤労動員されました。空襲警報の度に防空壕に避難する日々を送り、ピアノには触れることもなくなったそうです。

終戦後、橋本さんは大学の音楽部に進学し、ピアノを専攻。教会で賛美歌の伴奏を始め、24歳で牧師だった夫と結婚しました。阪神大震災では、直後からYWCAで炊き出しに取り組み、被災者らが入居した灘区の市営住宅の住民組織から「歌の集い」を依頼されました。

月1回の歌の集いで、橋本さんはキーボードで伴奏し、参加者と一緒に唱歌や歌謡曲を合唱。戦争体験を語る機会が多くあり、「戦争中は身の回りのことしか見えていなかった。戦争の残酷さを改めて知った」と話しています。

4年前から夫の介護に追われていた橋本さんですが、24年5月に施設に入所し、時間に余裕ができたため「体が元気に動くうちに人生最後のピアノリサイタルを開きたい」と目標を立てました。同年秋から1日4時間の練習を積み、6月12日に神戸YWCAで開催されたリサイタルでは、モーツァルトやショパンの曲など10曲を熱演し、大きな拍手を浴びました。

橋本さんは「私は考える自由がなかった。子どものころから国策の鋳型に固められ、考えられないように仕組まれていた。人間じゃなかった」と振り返り、「問題や不安があっても、享受している自由の恩恵は決して手放してはならない」と強調しました。

この度のピアノリサイタルで、橋本さんは95歳から伝えたいメッセージを発信しました。中東やウクライナで戦火が続き、世界で民主主義が揺らいでいる時代に、自由の尊さと大切さを改めて考える機会を与えてくれたのです。

神戸市灘区に住む方々は、この橋本さんのピアノリサイタルを通じて、戦争体験や平和について考えるきっかけを得ることができます。

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