古河市まとめ:幕末期の水戸藩と茨城出身の大将
茨城県古河市は、歴史的に見ても重要な役割を果たしてきた地域です。特に水戸藩がメインプレーヤーであった期間は短く、元治元(1864)年の「天狗党の乱」を機に激しい内乱の時代を迎えました。この内乱で犠牲になった人材は多く、「有能な人材を多数喪ったため、水戸藩から明治政府に顕官(けんかん)を輩出できなかった」と当時から語られてきました。
実際、旧水戸藩や茨城出身の大将は少なく、陸軍134人、海軍77人の中で茨城出身がわずか3人、うち旧水戸藩出身は1人に過ぎません。古河市出身の塚田攻大将もその一人です。
一方で、菊池慎之助大将は県出身で最初の大将であり、現役で陸軍大将となった唯一の人物でもあります。彼は慶応2(1866)年生まれで水戸藩士戸田道守の長男として誕生し、幕末の激しい内乱に巻き込まれたため、幼少期は苦難の連続でした。
しかし、菊池は軍人の道に将来の可能性を見出し、明治13(1880)年に陸軍教導団歩兵大隊に入隊以降はエリートコースを進みました。彼が栄進できた要因として、寺内正毅や宇垣一成等の大臣クラスの陸軍首脳に才能を認められたことと、その人間性を高く評価されたことが挙げられます。
水戸藩出身のうち、幕末内乱の勝者より苦難を強いられた中間派や門閥派(反対派)の一族から新時代の成功者が出ているという歴史的背景も菊池の栄進に影響しています。


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