八幡平で新しい暮らし!? 都会から移住した人々が感じる自然の力

八幡平市

「笑顔で働く」が一番

ヤヨエさんは、きれず実家に逃げ帰り、数日後には婚家に戻った。正式な婚姻届は合同結婚式の後だ。「結婚生活がうまくいかなくても、戸籍に傷が付かないようにと親の配慮だったんですかね」とヤヨエさん。長く子宝に恵まれず、義母から心ない言葉を投げかけられたこともあったが、再び実家に戻ったら、深夜2時ごろに富士夫さんが訪れ、両親に手紙を渡した。耳が不自由な富士夫さんはうまく話をすることができなかったため、自分の気持ちをしたためて持ってきたのだった。心のこもった手紙を読んだ両親は「彼には何の罪もないのだから帰ってやりなさい」と言った。

12年後、1976年に長男と長女を授かり、子どもによって義父母ともうまくいくようになり、安らぎのある生活が送れるようになった。現在は家業の酪農を長男に任せ、富士夫さんと2人で老人クラブの集会に出かけるなど悠々自適の生活を送っている。

◇   ◇   ◇

「晴れて結婚五重奏」「新婚旅行もいっしょ」。1965年11月24日、本紙に旧安代町の5組の合同結婚式を伝える記事の見出しが踊った。農業改良普及所の農業後継者合同結婚推進運動が実を結んだと報じた。当時の高畑地区は、果樹と酪農が中心で、わずか7世帯。5組とも親戚はほとんど同じで、招待者が重複してしまう…。9月に農業青年らによる4Hクラブで話し合ったところ、合同の式を挙げたらとの話が持ち上がった。2カ月余りで式までこぎ着けた。

式は秋田県の湯瀬温泉のホテルで行われた。費用は招待者1人当たり2500円前後。日程的にも農作業に影響せず、関係者を安心させた。25人の招待者には、5組10人の名前を刻んだ記念品の鉄器を贈った。5組はホテルに宿泊し、新婚旅行に出発した。

◇   ◇   ◇

コメント

タイトルとURLをコピーしました