奥州市民に響く食糧事情

奥州市

奥州市まとめ:80年目の終戦記念日、平和と正しい情報を考える

本日8月15日で第2次世界大戦の終戦から80年を迎えます。戦後、新聞は大本営発表に基づき反省し出発しましたが、現代では不確かな情報が流れ社会の分断も深刻化しています。奥州市と岩手県で暮らす私たちは、改めて平和の尊さを考えなければなりません。

戦時下の「新岩手日報」は大本営発表に基づく記事が多かった中、珍しく庶民の切実な声に応える見出しがありました。「野菜はいつ出回る?」という見出しには、深刻な野菜不足への不満がうかがえます。1945年春の野菜配給停止の理由として、冬の天候不順による生育遅延や他県からの移入の全くないことが挙げられました。

この状況を受け、盛岡市内の関係団体は緊急対策を協議し、農家に補償金を出して間引き菜と手持ち品の供出を訴えました。記事中には「肉も魚もいらないが野菜だけは市民の保健上からも最低量はほしい」という表現があり、野菜不足が戦意発揚の大きな障害となっていたことがわかります。

80年経った今でも世界では戦禍が絶えず、社会の分断も深刻化しています。私たちは改めて正しい情報を求め、平和を守らなければなりません。奥州市と岩手県で暮らす私たちにできることは、平和を尊重し、不確かな情報に惑わされないことです。

住民の皆さんには、日常生活の中でも平和について考える機会を持つことをお勧めします。

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