香美市まとめ:高知県出身の漫画家・やなせたかしの戦争体験
高知県香美市出身の漫画家、 やなせたかしは、第二次世界大戦中、徴兵され福岡県小倉の第12師団に属し、暗号班で働いていました。やなせは学校の体育も軍事教練も苦手でしたが、上官から怒鳴られシゴキを受けながらも部下を殴らなかったため、隊内では慕われていました。
1943年春には中華民国の福建省福州市に送られ、現地住民の協力を得るための宣伝工作にも従事し、絵が得意だったので紙芝居を作りました。内容は日本と中華民国になぞらえた双子の兄弟が喧嘩するが、最後は和解するというものでした。
戦争末期には上海へ移動し、終戦を迎えました。やなせは一回も銃を取って戦っていません。敗戦後、マラリアと飢えに苦しみましたが、備蓄の食料が放出されて大食いしたという体験談を残しています。
やなせは自分の戦争体験を「無駄に動き回っていただけ」と記し、激戦地に送られた兵ばかりでなく、空襲を受けた銃後の国民の方がよほどつらい目を見ただろうと述べました。敗戦によって「正義は或る日突然逆転する」と痛感し、後年に漫画家となったやなせはアンパンパンを生み出すきっかけを作りました。
やなせの作詞した『アンパンマンのマーチ』には、「たとえ 胸の傷がいたんでも」という一節があります。やなせ自身が過酷な戦場を体験せずに生き残った罪悪感と結びつけて解釈する者は少なくありません。


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