八幡市まとめ:地下鉄サリン事件から30年の被害者支援を振り返る
本日、1995年3月20日に発生した地下鉄サリン事件が30周年を迎えました。多くの犠牲者と被害者を出したこの事件は、京都府八幡市に住む人々の記憶にも強く残っています。
今回は、元警視庁捜査1課の安東大介さんに焦点を当てます。安東さんは、事件発生当初からオウム真理教幹部らの逮捕後も被害者支援に力を尽くした方です。
1995年3月20日、安東さんは霞ケ関駅で爆発が起き、200人以上が倒れていると知り、捜査本部設置のため築地署へ急いだそうです。夜通し続いた作業は、捜査員約300人の配置表を作成することでした。
その後、5月12日には幹部から厚さ約30センチの書類を渡されます。林郁夫受刑者らの供述調書などで、松本智津夫元死刑囚の地下鉄サリン事件への関与が記されていたため、逮捕状請求に必要な書類の作成を指示されたそうです。
松本元死刑囚は16日に逮捕されました。安東さんは担当検事の「被害者支援をして事件は終わる」という言葉を聞き、「最後まで見届けよう」と思ったと語っています。
その後、被害者救済法の施行に向けて、給付金の対象者約6千人の被害届や通院記録を一人で読み返してまとめたそうです。金銭で癒えない遺族の心の傷や負傷者の苦しみに無念さが募ったと回顧しています。
安東さんはオウム事件を担当したのは約10年に及ぶことになります。2020年3月に退職し、今年は事件から30周年を迎えました。
八幡市の住民の皆さんも、この機会に改めて地下鉄サリン事件について考えてみてはいかがでしょうか?犠牲者と被害者の方々のことを思い、事件の教訓を忘れないようにすることが大切です。


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