登米の歴史を掘り起こす:海と共に歩んだ街の過去

登米市

日本で最古参のデパート、白木屋は火災に遭いましたが、その前には赤の三越、黒の大国(黒)屋、白の白木屋、緑の柳屋がありました。柳屋は家康にゆかりがあり、1615年に化粧品の店を開いています。

白木屋は「商いは 利益を取らず 正直に良きものを売れ 末は繁盛」という家訓で知られています。明治には白木屋デパート、戦後に東急百貨店日本橋店となり、1999年に336年の歴史を閉じました。

跡地には「コレド日本橋」が建てられ、日本橋界隈は賑わいを取り戻しています。江戸中期以降、安政の大地震や維新の際の動乱、関東大震災や米軍による空襲など100年の間に幾度も惨禍に見舞われました。

その中で残されている貴重な史料がにんべんの「伊勢屋髙津伊兵衛古文書」です。伊勢の親戚の女性たちが江戸にやってきた際の記録も記されていますね。芝居見物などを楽しみ、吉原にも見学に訪れたそうです。

大店といってもその歴史は京都ほど古くはないのが、江戸。蔦重の日本橋出店はどのような駆け引きで成立したのでしょうか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました