死を覚悟した米軍の爆弾 海軍で対潜哨戒任務・長野県東筑摩郡筑北村の滝澤喜幸さん

東筑摩郡筑北村

東筑摩郡筑北村まとめ:戦争体験を語る滝澤喜幸さんから学ぶ平和の尊さ

長野県 東筑摩郡筑北村坂井古司に住む滝澤喜幸さんは、102歳になる現在も強く戦争のない世の中を願う思いを抱き続けています。太平洋戦争当時、徴兵で海軍へ配属され、対潜哨戒任務に従事した滝澤さん。乗った船は辛くも沈没を免れましたが、戦闘時に米軍機から落とされた爆弾のごう音に死を覚悟したという体験談を語ってくれました。

滝澤さんは地元の坂井小学校を卒業後、岡谷の製糸工場で住み込みで働いていましたが、弟たちがまだ幼かったため徴兵されました。耳が良かったこともあり、海軍では機雷学校へ入校して技術を修め、その後は巡洋艦や駆逐艦へ乗船しました。

戦闘に遭遇したのはフィリピン方面の海域で駆逐艦に乗船した時です。薄暗い船内で海中の怪しい音を警戒する中、聴こえたのは海に落ちた爆弾の激しい破裂音でした。「ひたすら音を拾いながら『こんな小さな船じゃ爆弾を1、2発食らえばすぐ沈むんだろう』と頭をよぎった」と振り返ります。

戦後は帰郷して兼業農家となり国鉄に25年間勤めた滝澤さん。多くの仲間が死んだことを語り、「誰も好きこのんで死にたいとは思わない。どんな世の中でも戦争はあっちゃならない」と力を込めました。

東筑摩郡筑北村の住民の皆様、平和を尊重し、戦争体験から学ぶ大切さを改めて考えてみませんか?

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