由布市民が憧れる理想郷、由布院の未来像

由布市

由布市まとめ:由布院玉の湯の新しい経営者、桑野和泉さんの物語

大分県 由布市で生まれ育った桑野和泉さんは、由布院玉の湯の新しい経営者として、100年単位の流れを守る決意を固めました。由布院小学校時代から「大人たち」の会話に触れてきた桑野さんですが、実は両親と一緒に食事や会話をした記憶があまりないそうです。代わりに同級生らが集まる溜まり場としての宿を経験し、「自分のまち」という思いが膨らんでいきました。

中学校時代には「大人たち」の忙しさが増し、桑野さん自身も大分市の県立大分雄城台高校へ進学した後は東京都品川区の清泉女子大学文学部で学び、都内のホテルオークラで働きました。1年程度のシティーホテル経験を積み、「裏方」が支える実情から多くを吸収し、『源流』からの流れを着々と増やしていきました。

その後、桑野さんは地域の病院で勤務していた医師と結婚し、夫の転勤で2度目の東京住まいになりますが、「由布院へ帰りたい」という思いが募っていく中、92年4月に夫とともに由布院へ戻ってきました。8月には長男を出産し、9月から玉の湯で働き始め、95年に専務に就任しました。

90年代後半には由布院の北側が米軍演習場の候補地になり反対運動を展開した桑野さんですが、敗北感はなく、1年超の署名集めが新たな力を生み、『源流』からの流れが強くなりました。

由布市で育った桑野和泉さんの物語は、「自分のまち」という思いを大切にし、100年単位の流れを守る決意を固めた経営者としての姿勢を示しています。

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