特攻の哀愁と戦争の爪痕、石垣島に残された真実

石垣市

沖縄本島出身の前盛喜美子さんは、復帰前の本土で差別を受けながらも実力で見返す決意をし、42年間教員生活を全うした。60代で石垣島に戻り母親の介護をしていたころ、沖縄出身というと羨ましがられる時代になっていた。

前盛家には戦争の痕跡が残る。仏壇の扉は機銃掃射でえぐられ、80年前のままだ。米軍機が攻撃したのは1945年3月26日で、特攻隊長伊舍堂中佐が翌日に特攻した後だったかどうかは不明。

前盛さんは浅沼大隊長と言葉を交わすなど、伊舍堂中佐につらなる縁があった。戦後80年、前盛さんは命の尊さを改めて感じ、「もし自分が隊長と同じ立場だったら」と思うと頭が下がる思いがするという。

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