糸満市の悲しい過去:沖縄戦、隣の防空壕で親戚ら7人自決の衝撃事実

糸満市

糸満市まとめ:慰霊の日を迎え、平和を守り続ける努力の大切さを訴える

本日6月23日は「慰霊の日」。沖縄戦の組織的戦闘が終結して78年が経ちました。糸満市の摩文仁にある「平和の礎」では、遺族や関係者らが静かに祈りをささげました。

この日を迎えるたびに、過酷な記憶がよみがえるという遺族も少なくありません。沖縄県糸満市出身の大城勲さん(87)は、9歳の時、米軍の空襲や艦砲射撃激しい1945年3月下旬に防空壕に避難した経験を語っています。

大城さんは当時、自宅から約300メートル離れた前川民間防空壕群に祖父母と母、弟、妹と避難しました。隣の壕には親戚家族らが身を寄せていました。しかし5月下旬、旧日本軍が退却する際、母は幼い妹をおぶって「南で避難できる壕を見つけてくる」と言って出て行き、その後、米兵が現れ、隣の壕で集団自決が起きました。7人の命が失われたと言います。

大城さんはこの体験を語るたびに言葉を詰まらせます。「あの時の衝撃は言い表すことができない」という思いは、平和を守り続ける努力の大切さを訴える遺族の切実な願いです。

糸満市と沖縄県で今日何があったのか。6月23日は「慰霊の日」であり、沖縄戦の組織的戦闘が終結して78年が経ちました。この日を迎え、平和を守り続ける努力の大切さを改めて訴える遺族や関係者らが、「平和の礎」で静かに祈りをささげました。

糸満市と沖縄県の住民は、この日を機に戦争の記憶を風化させないため、平和について考え、語り継ぐことが大切です。

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