「80年越しの真実!弟の名前判明、平和の礎に刻む」

うるま市

うるま市まとめ:戦後80年、沖縄県うるま市出身の比屋根早苗さん(85)が弟の名前を知った。

沖縄戦で亡くなった犠牲者を追悼する「平和の礎」に新たに追加された342人の中には、幼くして亡くなり、姉ですら80年間、名前が分からなかった人も含まれている。うるま市出身の比屋根早苗さん(85)は、沖縄戦後に栄養失調で亡くなった弟の名前を昨年、初めて知った。

早苗さんは当時、具志川村(現うるま市)で生まれ育ち、疎開先では満足に食糧がなく、野イチゴやソテツを食べて飢えをしのいだ。収容先でも好転せず、弟は栄養失調で亡くなった。

95年に平和の礎が設置される際、早苗さんは希望したが、地元遺族会から事実と異なる「5歳未満は刻銘できない」との説明を受け、弟だけ諦めた。名前を分からない人もいなくなり、「なんとか生きた証しを残せないか」。長男真一さん(56)が最近、戦後1年以内に死亡した人は誰でも刻銘できると知り、名前を調べ始めた。

地元遺族会がまとめた書籍や戸籍などで手がかりを探したが、特定には至らなかった。

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