米原市まとめ:織田信長の朱印状発見!滋賀県東近江市百済寺で約100年ぶり
滋賀県米原市に住む皆さん、こんにちは!本日は、滋賀県東近江市の百済寺で、約100年にわたって所在が不明になっていた織田信長の朱印状が見つかったというニュースを共有します。
この朱印状は、1568年9月22日に信長が京都に入る直前に出されたもので、百済寺の諸事や寺法の保障、寺の財産の保障、寺を信長の祈願所とする三つの条令で構成されています。紙質はこうぞ紙で、縦31センチ、横43・6センチと大判です。
この朱印状が発見された百済寺は天台宗の古刹で、戦国時代には僧兵ら約1千人を抱え、軍事的にも際立つ存在だったということです。信長は足利義昭を奉じて京都に入る直前、六角氏の居城の観音寺城を手中にし、周辺の地域を平定する過程で朱印状を出したとみられます。
この発見は非常に貴重なもので、中世の山岳寺院が武将の武運長久を祈っていたことや、信長が百済寺を特別な場所として見いだしたことがわかります。滋賀県米原市出身の郷土史家が1929年に刊行した史書「近江愛智郡志」に写真付きで紹介された後、原本は行方不明になっていましたが、2023年夏に寺から信長の朱印状が見つかったとの連絡を受け、市が真贋などの調査を進めてきた結果、発見されました。
このニュースは滋賀県米原市と東近江市の歴史的繋がりや文化的価値を示すもので、住民の皆さんには大変興味深い内容です。

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