三島市まとめ:昭和生まれのレジェンドに聞く!内田順三さん、名打撃コーチとして数々の打者を指導してきた方に、現役選手時代の思い出を伺いました。
静岡県三島市で生まれ育った内田順三さんは、野球との出会いは子どものころに2歳上の兄貴に付いていって遊んだことがきっかけでした。小さいときに右手を骨折して左利きになったため、野球は最初から左です。中学で野球部に入り、初めて本格的なチームに所属しましたが、練習に出るのは週に1回か2回くらいでやんちゃな性格を発揮し、バレーボール部に顔を出したりして遊び歩いていました。
大会が近くなると野球部の友人に連れ戻され、大会では主力として出させてもらって結構打ちました。実力があったためか、打撃練習をするとライトの向こうの校舎の3階のガラスを割っちゃうものだから、投手が投げる位置を三塁ベースのあたりからに変えてもらいました。
高校は東海大一高(現東海大静岡翔洋高)に進学し、三島市から清水まで電車で1時間、清水からバスで30分という距離を通学しました。寮ができた後は寮生活を送りました。高校野球の思い出としては、練習が終わると映画を観ることが好きだったと語っています。
三島市の皆さんも、内田順三さんのようなレジェンドに触発されてみてはいかがでしょうか?


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