江東区の戦争体験者が語る

江東区

江東区まとめ:戦争と空襲の記憶を語る

本日は、6月11日。戦後80年の節目の年です。NHKの連続テレビ小説『あんぱん』が放送され、戦争の時代に焦点を当てています。江東区清澄出身の母親の体験談を通じて、戦時下の生活や空襲の記憶を語ります。

母は昭和20年3月10日未明の東京大空襲で家が全焼するまで深川に住んでいました。中村高等女学校(現在の中村中学校・高等学校)の生徒で、同級生たちと勤労奉仕に励みながら、卒業式を迎えるところでした。

母の父親は印刷業をやめ、国民服令による国民帽などを製造していた東京帽子に勤務していました。空襲がたびたびあるため、母の母親は次男、次女、末っ子の三男と新潟県の親戚の家で暮らしていました。

3月10日の未明の空襲では、近所の人たちは隅田川や小名木川の方へ逃げたが、母の父親は本所区の方向を目指しました。母は制服を守るためにいろいろな服を重ねて着たが、焼夷弾と火の粉が降り注ぎ、服に火がつきました。

母は1枚、1枚、着ていた服を脱ぎながら逃げ、防空頭巾を被り、髪が燃えないように三つ編みにしていました。逃げるうちに母と弟は父親とはぐれてしまいました。

本日、江東区の住民の皆様には、戦争の記憶を風化させず、平和な生活を送る大切さを改めて考える機会としていただきたいと思います。

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